「試合相手はマーケットだ」棚卸しの回数と自己肯定感

一年前の昨日、私はプラハ城の世界一美しいと称されるスタバでお茶をしていたらしい。一方、今の私はサイゼリヤで明日締め切りのコラムを書いている。一年前の優雅さを羨みながら、ついつい予定を入れすぎてしまう自分の癖を恨む。Facebookの一年前の思い出をリマインドしてくれる機能は、余計なお世話だと思うことが多いけれど、たまには良いことを思い出させてくれる。

playgroundに入社してもうすぐ1年が経つのか。一年前の私と比べ、何がどう変化したのか、成長したのか、それとも成長していないのか、そんなことをぼんやり考える。

転職して変わったのは棚卸しの回数

今パッと思い浮かぶ変化といえば、自分自身に対する棚卸しの回数だろうか。ここでいう棚卸しとは、自分の過去・実績を振り返ることだ。1年前までは、セミナーや講習会で登壇した回数や話した時間をログに残し、「うんうん、私頑張っているな」と言い聞かせたり、自分の行動や選択肢の正当性を日々自問自答していた。反芻しすぎて逆に消化不良になり自己嫌悪に陥ることも多々あった。では現在はというと、2017年創業の若いベンチャー企業に転職したこともあり、棚卸しの回数が激減した。圧倒的に仕事のスピード感が違うし、変化も大きい。そのため、過去を振り返る時間よりも未来のことを考える時間が多くなった。(やれることがたくさんあるので、心と時間に余裕がないことも事実だ)

試合相手はマーケットだ

私が勤めているplaygroundには、8つの価値観「Play Rule」がある。その1つである “Compete against the Market.” – 試合相手はマーケットだ はまさにベンチャーならではのマインドとスピード感を表している。

“Compete against the Market.” – 試合相手はマーケットだ
私たちを評価するのは上司や競合ではなく、マーケットです。”不可能”を”可能”にすることがスタートアップの存在価値。「何を達成すればマーケットが認めてくれるのか」を基準に全ての判断・行動を行います。

今まではどちらかというと、人生ゲームのようにあらかじめ決められたルートを、来た道を、都度確認しながらキャリアを歩んできた気がする。1回ごとの出目は異なるし、ある程度の選択肢はあるが、大局的な視点では大きな振り幅はない。今は真逆で、ちょっと先の未来が想定したことと異なるし、何が正解かどうかも分からない。

自己肯定感というワード

そんな自分の変化を考えていたら、先日、「自己肯定感」というワードがTwitterで盛り上がっていたなと思い出した。トレンドに疎いので発端はよく分からないが、恐らくこの漫画なのかな、と思う。

私は最近「自己肯定感が高めだね」と言われることが増えてきた。本人から言わせてみると「いやいや、そんなことないよ」なのだが、なぜそう言われるのだろうか考えてみた。

  • 経験を重ね、自分の市場価値がわかるようになった
  • 試合相手がマーケットになった(関心が内から外へ)

要は、良い意味で自分に興味がなくなったのである。他人は自分が思うより自分に興味を持っていないし、自分の市場価値を客観的に捉えられるようになれば、悶々とすることも減る。積極的に外の世界を見るようになったことの影響はかなり大きい。これからも視野を広げていき、また1年後にこのnoteを見直したい。

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